新制中学の誕生-昭和のなにわ学校物語

2019/3/26 16:48 投稿者:  kanri2

新制中学の誕生-昭和のなにわ学校物語

著者:赤塚康雄

A5判上製 536ページ

定価5400円+税

ISBN-13:978-4806807155

発売日:2019/04/01

 

【目次】

はじめに…15

 

第一章 教育改革実施前後の学校、行政及び町会の実情と動き 27

 

第一節 敗戦直前、直後の大阪市国民学校と青年学校の概況 28

(一) 国民学校(初等科、高等科)の戦後処理…28

(二) 高等科国民学校の概況…32

(三) 高等科校の改組…33

(四) 敗戦前後の青年学校…35

(五) 青年学校の改組と教育改革への動き…39

第二節 新制中学校設置準備のための生徒数、教室数調査─文部省「義務教育年限延長に伴ふ準備資料調査について」    を受けて─ 42

(一) 「義務教育年限延長に伴ふ準備資料調査について」の内容と影響…42

(二) 文部省通知への大阪市教育部の対応…45

(1)国民学校長宛「国民学校初等科修了見込数其他調」…45/(2)青年学校長宛「生徒及学級に関する調」…46

(三) 「義務教育年限延長に伴ふ準備資料調査」の波紋…48

第三節 新制中学校設立のための大阪市学制改革協議会、各区新学制協議会の設置と役割─文部省『新学校制度実    施準備の案内』を受けて─ 51

(一) 『新学校制度実施準備の案内』収受までの長い道程…52

(二) 大阪市立新制中学校設置準備のための大阪市学制改革協議会と各区新学制協議会の編成…53

第四節 町会と学校─その関係性─ 55

(一) 旭区町会連合会による高殿国民学校への初等科設置運動…56

(1)高殿地区の形成過程と学校…56/(2)旭区役所を通しての初等科校設置の要望…57/(3)高殿町会主体の設置運動…59/(4)大阪市の対応と設置への経過措置…62

(二) 生野区生野田島町会連合会による田島小学校設置運動…63

(1)田島地区の形成過程と学校…63/(2)生野田島町会連合会の「学校開設方陳情書」作成とその背景…65/(3)生野校校長の「田島国民学校創立ニ関スル意見書」提出…68/(4)陳情書、意見書への大阪市教育部の対応と遅れた開校…69

(三) 戦災校の休廃校措置から学校を守る運動…70

(1)大阪市の休廃校措置…70/(2)町会による学校復興運動…71

(四) 生活共同体としての町の区割─町会域に先行した学区域─…73

(1)旧大阪市域の学区の形成…74/(2)接続町村の大阪市編入と学区廃止問題…75/(3)通学域と町会連合会域…77

 

第二章 大阪市立中学校設置案の策定 87

 

第一節 中学校設置原案(第一次案)の作成 88

(一) 大阪市教育部内の中学校設置構想…88

(二) 中学校設置各区原案の作成…90

(三) 中学校設置原案(第一次案)とその概要…91

(四) 第一次案確定二七校とその特徴…93

(1)東淀川区の六中学校設置案…94/(2)東・西両区の各一校設置案…96

第二節 中学校設置第二次案の作成─一次案の修正とその経過 99

(一) 阿倍野区─三校設置計画(第一次案)から四校体制へ…100

(1)分区の国民学校通学域への影響…100/(2)確定第二次案と問題点…101/(3)阿倍野区の教室事情…104

(二) 城東区─四校設置計画(第一次案)から三校体制へ…105

(三) 西淀川区─不均衡通学域の是正…106

(四) 住吉区と西成区における一部未確定校の処理…108

(1)住吉区─高等科児童の受け入れ先中学校を巡って…108/(2)西成区─本校・分校の設置場所を巡って…109

(五) 各区新学制協議会における中学校設置案の報告と承認…110

第三節 中学校設置第三次案の作成─二次案の修正とその経過 112

(一) 東住吉区─三校設置計画(第一・二次案)から四校体制へ…112

(二) 福島区─設置場所の確定…114

(1)設置案策定直前の学校現況…114/(2)一次案の通学域と中学校設置場所…116/(3)二次案の通学域確定と新たな設置場所の登場…117/(4)生徒数の調整と本校、分校の入れ換え…118/(5)校名と独立校舎…119

(三) 港区、浪速区─戦災の傷跡深く設置案難航…120

(1)港区の場合…120/(2)浪速区の場合…122

(四) 此花区─最高の国民学校を転用へ…123

第四節 第三次案確定後変更中学校とその理由 126

(一) 北一中(菅南中)の場合…126

(1)第一・二次案の概要…126/(2)修正の理由─歴史と現状から…128/(3)第三次案で一校設置へ…130/(4)元菅南国民学校を独立校舎に…130

(二) 南一中(南中)の場合…131

(1)国民学校側の諸事情…132/(2)設置場所─三転後、第一次案で決着…133

(三) 生野二中(勝山中)の場合…135

(1)設置案にはなく…135/(2)設置場所の変更要請を受け入れて…136/(3)開校日近く、猪飼野国民学校跡で落着…137

 

第三章 開校準備から開校へ 145

 

第一節 大阪市教育部による開校準備日程の公表 146

(一) 中学校開校準備日程…146

(二) 国民学校最後の卒業生が新制中学校最初の入学生…147

第二節 学校長、教職員の任命 148

(一) 学校長の任命…148

(1)中学校開設事務の委嘱状…148/(2)校長辞令の発令…150

(二) 教職員の内示と発令…151

(1)辞令の内容…151/(2)教員配置の実態…152

(三) 校長の供給源…153

(1)青年学校…153/(2)国民学校長の転用…154/(3)旧制中等学校からの転進…155/(4)大阪市・府、供給源の特徴…156

(四) 校務主任(教頭)の選出…158

第三節 入学受付 160

(一) 入学受付の意味…160

(二) 入学受付の実際…160

(1)城東一中(中)の場合…161/(2)生野一中(中)の場合…162/(3)一中(昭和中)の場合…163

第四節 教室と学習机、椅子の確保 164

(一) 教室確保とその実情…164

(二) 学習用机、椅子確保…166

第五節 大阪市立新制中学校五二校の設置と開校 167

(一) 学校沿革誌(史)に記載された中学校設置…167

(二) 開校と開校式、入学式…169

(1)学校沿革誌に見る開校…169/(2)開校式の順序…170/(3)生徒の目に映った開校の日…170/(4)大阪市立中学校開校日一覧…173

第六節 開校直後、中学校の実情 176

(一) 新聞が伝える中学校の状況…176

(二) 教科書の入手状況…177

第七節 教員研修と生徒の学習 180

(一) 教員研修…180

(二) 生徒の学習…184

(1)国語…184/(2)社会科…186/(3)自由研究…189

第八節 中等教育の機会均等から漏れた生徒たち 192

(一) 中学生の生活実態…192

(二) 我が国最初の夜間中学校の実践─生野二中(勝山中)の長欠対策…195

(1)「夕方学級」開設に向けて…195/(2)夕方学級の実施…196/(3)通学域再編成・校舎移転と夕方学級…198/(4)夕方学級の廃止…200

(三) 教室不足で途中編入学希望生徒(二・三年)の入学拒否─港一中(市岡中)…201

(四) 国民学校高等科・青年学校児童生徒の新制中学校就学の実態─西成区を事例に─…203

(1)中学校三年入学生徒の傾向…204/(2)中学校二年入学生徒の傾向…205

 

第四章 校歌の制定 217

 

第一節 新制中学校校歌の特徴 219

第二節 歌詞に多用される名詞 221

第三節 学校関係者による校歌の作成 223

(一) 生徒による作詞─加美中、北稜中…223

(二) 保護者、校区市民による作成─摂陽中、中島中─…224

(三) 教職員による校歌の作成…226

(1)教諭による作成…226/(2)校長による作詞─大正東中、東中、天王寺中、玉出中ほか─…232/(3)校長による作曲─西淀中─…234

第四節 文化人による校歌の作成 235

(一) 歌人による作詞…236

(1)今中─歌島中ほか八校…236/(2)─城東中…237/(3)─中…238/(4)吉井勇─旭陽中…240

(二) 詩人による作詞…243

(1)─桜宮中、新北野中…243/(2)小野─中ほか五校…244/(3)竹中 郁─昭和中…247

(三) 児童文学作家による作詞…248

(1)石森延男─生野中…248/(2)中川─日本橋中…249

(四) 国語・国文学者による作詞…250

(1)今泉忠義─東生野中…250/(2)─淀中…252/(3)谷山茂─東陽中ほか五校…254/(4)平林治徳─下福島中ほか八校…255

第五節 大阪市内小学校・高校校歌及び他府県中学校校歌 258

(一) 大阪市内小学校校歌…258

(二) 大阪市域の府立高校校歌…260

第六節 他府県新制中学校校歌との比較 263

 

第五章 新学制実施協議会とその活動実態 271

 

第一節 町会連合会の退場と新学制実施協議会の登場 272

(一) 町会の解散…272

(二) 大阪市・各区新学制実施協議会の設置…273

(三) 区新学制実施協議会の発足…274

第二節 大正区新学制実施協議会による中学校施設の整備改善要求 276

(一) 大正一中(大正東中)の場合…276

(二) 大正二中(大正中央中)の場合…277

(三) 区協議会の役割と委員…278

(四) 施設設備改善に集中できた背景…279

第三節 生野区・東淀川区新学制実施協議会による通学域の再編成 281

(一) 生野四中(東生野中)の通学域変更…281

(1)変則通学域の弊害と再編成への動き…281/(2)生野区新学制実施協議会による新通学域の編成…283

(二) 東淀川区各中学校の通学域再編成…285

(1)変則的通学域設定の背景…285/(2)変則的通学域の再編成…286/(3)難渋の教室確保…287

第四節 都島区新学制実施協議会拡大実行委員会の設置と義務教育生徒収容対策案の樹立 288

(一) 拡大委員会設置の理由…288

(二) 「区義務教育施設五ヶ年計画書」の策定と中学校の位置…290

(三) 「五ヶ年計画」実現のための実行委員会設置と活動…292

第五節 新学制実施協議会の実態 294

 

第六章 戦争孤児、在日朝鮮人、スラムの新制中学校 303

 

第一節 戦争孤児の新制中学校 304

(一) 戦争孤児の大阪市立郊外学園への受入れ…304

(1)戦争孤児の受入れ準備…305/(2)郊外長谷川・助松両学園への受入れと孤児の心境…306

(二) 郊外学園の改組と戦争孤児の保護…307

(1)「戦災孤児等集団合宿教育所」設置、児童福祉法実施に伴う改組…307/(2)浮浪児収容と教育の転換…307

(三) 大阪市立東住吉一中(摂陽中)長谷川学園中学部分校の発足…309

(四) 大阪市立郊外羽曳野中学校・羽曳野学園の新設…311

(五) 郊外羽曳野中学校の開校…312

(1)長谷川学園での開校…312/(2) 校舎・寮舎の改装作業と農場づくり…313/(3)羽曳野校舎・寮舎への移転と生活…314/(4)「なすことによって学ぶ」羽曳野の教育…316/(5)卒業後、独力で生きられる人間づくり…320/(6)卒業と進路…322

(六) 大阪市立弘済院と弘済中学校の設置…325

(1)弘済院による戦争孤児の保護…325/(2)大阪市立弘済中学校の設置…327/(3)弘済中生徒の生活と教育…328

(七) 児童養護施設と地域の新制中学校…329

(1)博愛社と新北野中学校…329/(2)高津学園と高津中学校…330

第二節 在日韓国・朝鮮人生徒の新制中学校 333

(一) 朝鮮人による民族学校の設置…333

(1)中学校の始まり…333/(2)朝鮮学校を日本の教育法の枠内へ…336

(二) 朝鮮学校の閉鎖指令と日本の法令に基づく再発足…339

(1)大阪朝鮮中学校ほか一八校の閉鎖命令と反対運動…339/(2)中央での交渉から大阪覚書の締結へ…340/(3)大阪覚書に基づく朝鮮学校の設立─東成学園中、朝鮮中学校ほか…343

(三) 占領政策の変更と朝鮮学校の廃校─団体等規制令違反による朝連の解散から学校閉鎖まで─…344

(四) 朝鮮学校生徒の大阪市立学校受入れ方針と編入学の状況…347

(1)行政側の朝鮮学校児童生徒受入れ方針…347/(2)朝鮮人生徒の大阪市立校受入れの実態…348

(五) 大阪における公立朝鮮中学校の設置と開校…350

(1)朝鮮人生徒の大阪市立西今里中学校の設置…350/(2)大阪市立西今里中学校の開校と生徒及び教職員構成…352/(3)内外情勢の変化と民族教育への影響…355

(六) 西今里中における民族教育の展開…356

(1)週時間表に見る西今里中教育…356/(2)使用教科書に見る西今里中教育…358

(七) 西今里中学校の閉校と自主学校化…359

(1)生徒の朝鮮への帰国…359/(2)帰国実現と西今里中生徒の激増…361/(3)自主学校化への流れと西今里中閉校…362

第三節 「釜ヶ崎」地区の新制中学校・新今宮中の開設 363

(一) 新今宮中学校設立の経緯…364

(1)「釜ヶ崎暴動」後の民生対策で不就学問題浮上…364/(2)不就学児の実態…365/(3)教育委員会の責任で「学校特設」と明言…366/(4)不就学児の把握と校舎の準備…367

(二) 大阪市立新今宮中学校の設置…368

(1)分校・あいりん学園としての開校…368/(2)開校当初の授業…370/(3)仮校舎から愛隣会館への移転…372

(三) 大阪市立あいりん小・中学校の独立と教育…373

(1)あいりん小・中学校と教育目標…373/(2)児童生徒の生活環境…375

(四) 三年生徒の進路指導と就職…376

(1)卒業に備えての進路の指導…376/(2)就職先の職場環境…378

(五) 独立校舎への移転に伴う新今宮中学校への改称と生徒数の減少…379

(1)念願の運動場つきの独立校舎…379/(2)生徒数の減少…380

(六) 釜ヶ崎地区の変貌と廃校…380

 

第七章 大阪市域公立高校(旧制中等学校)施設の新制中学校への転用と転換 399

 

第一節 大阪軍政部による高校校舎の調達と新制中学校への転用指令 401

第二節 新制高校設置準備委員会における転用高校選定審議 404

第三節 校長会における転用高校の公表と使用新制中学校の発表 406

第四節 転用高校側の反対運動と大阪府議会による調査 409

第五節 新制中学校への府立高校の転用及び市立高校の転換 411

(一) 府立高校校舎の新制中学校への転用と返還…412

(1)全面転用高校教室の使用と撤退…412/(2)市立生野三中(生野中)による府立生野高校、勝山高校の使用と返還…413/(3)市立東住吉三中(田辺中)・同四中(東住吉中)による府立天王寺高校の使用と返還…416/(4)市立阿倍野二中(文の里中)・同四中(松虫中)による府立阿倍野高校の使用と返還…418

(二) 府立高校校舎の一部使用と返還…423

(1)市立東淀川四中(美津島中)の府立北野高校の使用と撤退…423/(2)市立天王寺二中(高津中、現夕陽丘中)の府立清水谷高校の使用と撤退…425/(3)市立港一中(市岡中)の府立市岡高校の使用と撤退…426

(三) 市立高校校舎・施設の新制中学校への転換と貸与…428

(1)市立都島二中(桜宮中)、市立北二中(北稜中)への市立桜宮高等女学校の転換…429/(2)市立南一中(南中)への市立女子商業学校の転換…431/(3)市立下福島中への市立下福島高等女学校の転換…432/(4)市立住吉二中(南稜中)による市立住吉商業高校の使用と返還…433

第六節 高校施設の新制中学校転換運動とその結果 434

(一) 市立高津中学校(天王寺二中)による府立高津高校転換運動…435

(二) 市立船場中学校による市立汎愛高校施設要求と挫折…438

 

第八章 義務制中学校完成への施策─独立校舎建設と正式校名への変更 453

 

第一節 学校用地の取得 454

(一) 戦災地跡の利用─東生野中─…454

(二) 公有地の転用…458

(1)国有地を校地にした蒲生中…458/(2)大阪市有地を校地にした鶴見橋中…460

(三) 農地の転用…462

(1)農地委員会との連絡調整…462/(2)生野区田島中学校用地取得における農地委員会の位置…464/(3)戦時学校農園跡を校地にした平野中…467

(四) 工場跡地の利用…470

(1)今宮中の場合…470/(2)城陽中の場合…473

(五) 高射砲陣地跡の利用─住吉中…473

(1)住吉中学校発足の経緯…473/(2)本校より一年も早かった独立校舎の取得…475/(3)運動場に残る高射砲陣地の処理…475

第二節 統制経済下の校舎建設 477

(一) 西成区成南中の事例…477

(二) 旭区旭東中の事例…479

第三節 戦災復興に伴う中学校の増設と独立校舎 482

(一) 人口動態と中学校…482

(二) 生徒増加による中学校の増設…483

(1)浪速区難波中の生徒増加の実情と日本橋中の増設…483/(2)西区中学校の通学域分割と中、堀江中設置…484/(3)中学校設置方法上の西区と港区の比較…486

(三) 義務制完成(昭和二四年度)に至る中学校数と生徒数…488

第四節 義務制完成以後の新制中学校増加の要因 489

(一) 市域拡張に伴う郡部中学校の大阪市編入…489

(二) 特別支援を要する中学校の設置…490

(1)結核罹患生徒の郊外貝塚中の開校と教育方法…491/(2)知的障害生徒の思斉中設置経緯と教育効果…493

第五節 正式校名への変更 496

(一) 市教委から区教委・区への指示…496

(二) 各学校での校名の選定…497

(三) 教育委員会における暫定校名から正式校名への変更手続…501

 

おわりに…513

福祉・教育 / 2019 )