ホーム  > 書籍一覧  > 2026  > 731部隊と石井四郎家の歴史考察

731部隊と石井四郎家の歴史考察 高ヒット

書名:731部隊と石井四郎家の歴史考察

著者:加瀬  勉

A5判並製236頁

ISBN-13:978-4-8068-0790-2 C0030

定価2800円+税

発売日2026年6月5日(予定)

 

下総御料牧場に隣接する旧千代田村〈現芝山町〉。石井四郎と加茂部隊の出身の村である。千代田村の鎮守住母家の春日神社には石井四郎の忠魂揮毫の戦没者記念碑が建っている。1957年の建立である。戦前から今日まで千代田村小学校玄関〈現在福祉施設〉には石井四郎揮毫報徳の二宮金次郎像が建立され加茂部隊の氏名が刻されている。石井四郎の生まれた西加茂集落31戸、内26戸の人が加茂部隊として背陰河・平房731部隊本部で働いている。現在に至っても石井四郎は千代田村の偉人であり恩人なのである。731部隊、加茂部隊の残虐行為は闇の中に隠蔽されたままである。この闇の中に隠された真実を明らかにできるのであろうか。明らかにしなくてはならない。ここで戦わずして日本のどこで戦うというのか。平房施設に捕縛監禁されていた中国人200名は731部隊によって虐殺。広場に死体焼却の特別鉄骨台がつくられ油がかけられ焼却された。白骨化した骨は石炭殻と混ぜられて秘密の内に松花江に流された。そして石井四郎軍医中将が平房施設の部隊に向かって「731部隊のことは墓場までもってゆけ、明らかにしたものはこの石井が絶体に許さん」と絶叫した。石井は実験資料を日本に持ち帰り兄の剛男〈監獄管理責任者〉三男〈動物管理責任者〉と帰国したのであった。そしてアメリカ帝国主義者と取引をして戦争犯罪を石井は逃れた。石井四郎一族、加茂部隊は千代田村加茂の故郷に帰ってきた。我々は戦争の被害者であると同時に加害者でもある。加害者としてなぜ侵略戦争を阻止できなかったのかの歴史的責任がある。二度と戦争犯罪を繰りかえさないためにも日本軍の「破壊つくす、奪いつくす、焼き尽くす」三光作戦の実態を明らかにし歴史の教訓としなければならない。
それは日本人民の神聖なる責任と義務である。(あとがきより)

 

■著者 加瀬 勉(かせ つとむ)
1934年5月5日、千葉県香取郡東條村牛尾327(現多古町)番地において、父加瀬光、母とよの7兄妹の第2子として生まれる。家業は農業田畑1町5反歩。
1941年4月、香取郡東條村尋常小学校に入学。
1949年3月、東條村新制中学校卒業。
香取郡多古町青年団団長、香取郡市青年団協議会理事、香取郡市青年団協議会事務局長、千葉県青年団協議会常任助言者、多古町社会科学研究会会員。
1956年9月21日、日本社会党に入党。
1961年4月27日、日本社会党千葉県本部書記に就職。
全日本農民組合中央常任委員青年対策部長。
1963年4月、国際空港反対日本社会党富里現地闘争本部に常駐。
1966年6月、国際空港反対三里塚、芝山現地に常駐。
以下今日に至る。
【著書】『闘いに生きる─我が人生は三里塚農民と共にあり』(上・下巻)2018年、柘植書房新社

 

【主な内容】

第1章 731部隊と加茂・千代田村
⑴ 731部隊と加茂
石井四郎の故郷 千葉県山武郡千代田村加茂/背陰防疫研究機関設立と東郷部隊/高谷川での石井式濾水機の実験
⑵ 地元に残る731部隊の痕跡
春日神社の忠魂碑/新たな発見 二宮金次郎像台座裏の731 加茂部隊/二宮金次郎像の建設を巡る調査/建立された1938年(昭和13)の歴史背景と石井四郎/台座に刻された46人は誰か/石井彪雄の忠魂碑/石井四郎の実家の墓石/宗門人別改帳に見る家族構成/父桂と石井四郎の兄弟の墓石

第2章 私と731部隊
青年団活動と新生中国の話を聞く/中国革命への関心と多古町社研の結成/日本軍の中国侵略中の残虐行為を認識/石井部隊の母体の加茂集落への関心

第3章 千代田村、多古町から動員された731部隊員
⑴ 史料から見た動員状況
731部隊へ動員された芝山・多古の人々/『関東軍防疫給水部―通称・満州第659部隊―留守名簿』 2018年公開
⑵「留守名簿」に見る旧千代田村の動員状況
千代田村の留守名簿/細菌研究所建設と故郷の動員/菱田の731部隊雇員・小川和一/小川和一さんの遺書/千代田村兵役名簿で見た千代田村の実相/小川源さんの兵歴/731部隊員軍属大竹金三・はな夫妻
⑶ 留守名簿に見る多古町の動員状況
多古町の留守名簿/731部隊多古職工会/石井四郎、石井三男、星野うたの加茂村脱出/多古町島の富岡菊雄(BC級戦犯)逮捕/多古町五反田出身の731部隊員/萩原英夫・斎藤通・秋山顕の墓地
⑷ 農民運動家実川清之
敬意すべき活動歴/渡満の心境/ハルビン共産党事件/石井四郎と実川清之の面談/千葉県下に初の共産党員村長誕生

第4章 加茂・千代田村の歴史と実相
⑴ 千代田村の概要
加茂村の町村合併史/千代田村の誕生
⑵ 合併以前の加茂村
西加茂村普賢院寺宗門人別帳/木更津県管轄第五十四画戸籍/加茂村の石高/西加茂村年貢割付帳に見る石井伊八の突出した納米/郷から村への発展/本百姓と無高持百姓
【章末資料】

第5章 幕末・明治初期の石井家
⑴ 地租改正前の石井家の地位と土地所持
幕末の石井四郎家の動向(名主・伊兵衛)/加茂村の名主石井伊兵衛 抑圧と支配の末端機構/年貢割付名主としての役割/考えられる地割制度による耕作地獲得/伊兵衛の頃の村社会/天正に始まる検地の歴史と江戸時代の農民階層
⑵ 明治初期の石井四郎家の動向(名主、地主・石井伊八)
記録に残る伊八の債権と所有地/石井伊八家の年貢納米/年貢米の苛斂誅求/明治6年(1873)地租改正法
⑶ 近代国家成立過程における村落支配
版籍奉還 太田資美の柴山移封/近代国家の成立と村々に対する支配/藩主太田資美の入部/藩士の配置と村支配/柴山藩の財政/国益金割り当て 朝廷維持負担金/廃藩置県と農村支配の再編/古文書に現れる石井家歴代当主 行政組織の確立と石井家
【章末資料】

第6章 明治・大正期の石井家─高利貸地主、商業への進出
⑴ 石井家の土地集積
古代からの土地所有制度の変遷と農民の階層分化/高利貸地主だった石井伊八/壬申地券発行と石井家の土地集積/小物成 村持小物成場山林取調帳/共同所有となった西加茂村入会地
⑵ 地租改正による石井家の土地集積
地租改正/地券の発行/開墾地の横領と小作争議/地租改正と農民の闘争/地券発行と石井家における土地の集積/地主としての石井家の位置
⑶ 地租改正についての諸点
小作の種類/地租改正の全国的統一/地租改正地方官心得 過酷な租税公課
⑷ 寄生地主としての石井家の実相(西加茂・田下家を例に)
石井家における地主手作経営/寄生地主制度の確立/石井家貸付及び臨時支払控/農業者自小作別移行表
⑸ 寄生地主石井家の商業進出
寄生地主/産業の変化と石井家/土地台帳名寄帳と日雇人賃金支払帳/石井家の繭集荷と販売事業/石井家附貸臨時支払出控の記載内容/支配の末端に名主 石井四郎の父桂の凶暴化
【章末資料】

第7章 昭和恐慌と731部隊への動員・軍事経済依存
⑴ 昭和恐慌と石井四郎家の動向(石井桂、次男剛男、三男、四郎)
世界恐慌の衝撃/陸軍中佐石原莞爾の侵略構想/四郎の父石井桂の事業破綻と石井家の没落/致命的な生糸の暴落─世界恐慌、石井家没落/軍事経済への依存 挙家満州へ
⑵ 731部隊への加茂集落の動員構造
「戦死」した田下五郎・丑之助兄弟の謎 /田下兄弟の父市太郎は、石井家小作の末端/経済的困窮こそが加茂部隊形成の基盤/村落共同体と加茂部隊/国家と個の無責任性
⑶ 農地改革による石井家の最後的解体
日本の農地改革/末広農場所属土地物件の解放状況/農地改革による農村構造の変化/農地改革による千代田村の変化

第8章 千葉県の満蒙開拓事業と加茂村の建設
私のまわりの満蒙開拓体験者/千葉県の満蒙開拓政策
⑴ 開拓団の教育訓練と渡満
満蒙開拓義勇隊養成農民道場(1936年設立)/茨城県の内原訓練所指導方針(1938年設置)/千葉県開拓村建設設営隊の派遣(1940年着任)/青少年義勇軍の渡満 目的地は中国黒河省嫩江大訓練所(1941年)/中国黒河省嫩江大訓練所の任務
⑵ 開拓団千葉村の建設
開拓団の農場経営/千葉県開拓団綱領/開拓団営農方針/開拓農業と土地制度/自作中農経営を目指して/自給自足
⑶ 加茂村の誕生と撤収
「加茂村」の誕生/千葉村開拓団の解体/撤収と他地域開拓団の集団自決 死屍を乗り越えて/千葉県立農学校渡満報国隊 隊員の証言
おわりに
大災害と中国侵略
【章末資料】
〔補遺〕1 農地改革と未墾地の解放──御料牧場・末広農場・印旛沼
〔補遺〕2 加瀬勉日中交流活動の略歴

 

 

カテゴリ内ページ移動 ( 3  件):     1  2  3