今日の一言  > TOP

  

二日目(4月9日)

 次々と、大型書店の、短縮営業、休業が出てきた。どんどん、本を売るところがなくなっていく。それに伴い、当社も出荷が減ってきた。果たしてもつかな? という状態になっていく。嘆いてもしかたないか。

 それはともかく、日本集中治療医学会によると、日本は人口10万人当たりの集中治療室(ICU)病床は5床だという。ドイツは30床、財政貧困からの医療崩壊をさんざんいわれたイタリアで12床ということだ。この期に及んでも、日本政府がウイルス感染を調べることを徹底的に渋っている理由がわかる気がする。調べる前に医療は崩壊していたのだろう。かつて延命治療撲滅キャンペーンが凄まじかったが、その成れの果てが、たったの5床になったのかと思うと、暗然とする。

 

一日目(4月8日)

 今日は、人が少ないだろうなあと思いながら地下鉄の駅に着くと、いつもより人が多い。なんじゃこれは、と思ったら、安全点検で電車が遅れたせいだった。緊急事態宣言の一日目に、乗客がくっつきながらの出勤風景というシュールな状況、果たして、無事に乗り切れるのか、不安の出発。

 確かに、テレワークは徐々に広がっている。白山でも、昼間、子供をつれたパパを見るようになった(といっても二組だが)。朝、出勤途上の信号待ちで、私の回りは、女性だらけだった。信号が変わったら、ガシガシと私を抜いていく男性社員たちがいない。彼らは、時差出勤になったのか、テレワークになったのか、しかし、女性は依然出勤しなければいけないとは、なんか変じゃないか。

 

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図説 病の文化史

 

本日、丸善丸の内店より「図説 病の文化史」のご注文がありました。

確かに、時宜にかなった注文でしたので、「図説 病の文化史」の紹介に目次を追加しました。

まえがきには、

数多の人々が、いつ我が身に降り罹るかもと怖れた病は、伝染病であろう。医学の進歩が、防疫・治療を解明し、伝染病の恐怖から、一つまた一つと救い出してはくれた。それでも、次に一つまた一つと次の未知の病が立ち塞がる。人間の歴史は、病の「怖れ」の呪縛とともにあった。それでも、歴史に記されるべきは、その伝染病を根絶した医学者の功績とともに、その病の「怖れ」の呪縛を解き放った病者自身の自立であり、解放であろう。ましてや、その伝染病の、病因・療法が不明であった時は、病者らは、病苦に加え、「怖れ」・「穢れ」の対象として差別された。病の「怖れ」の呪縛からの解放とは、治療だけでなく、病に付随した「怖れ」の所業も一掃することである。人道と言われる医学でさえ間違えば、この呪縛に加担することさえある。このような呪縛は、人間の負の歴史であり、それを明確にすることで、二度とは繰り返さない正の歴史へと転生させることが出来る。それは、まだまだ立ち塞がるであろう未知の病や、その虚妄の「怖れ」の呪縛に立ち向かう力となる。

 とあります。

 


「お江戸ののれん」の著者、鈴木進吾さんがさる10月10日に、お亡くなりになりました。つつしんでご冥福をお祈りいたします。
本が完成する直前のことでした。
今年の夏から、体調を崩され、病院でゲラを見ていただくという状態で、最後の校正が終わり、本が出来上がるのを待つばかりのことでした。あと、一週間早ければ、病床に本が届けられたのにと思うと、返す返すも悔しさがつのります。
鈴木進吾さんは、「お江戸ののれん」が出版されたら、掲載したお店に、「お礼かたがた、挨拶にいくんだ」、「今回収録できなかったお店もたくさんあるので、第二弾を出そう」と制作途中に、語られていました。
またお店巡りは、「だんなや女将さんと話が出来るのが楽しみなんだ」「おもいがけないお話が聞ける」ということでした。まだまだやりたいことがいっぱいあった鈴木進吾さんでした。